優しい建築
みなさんおはこんばんにちは
木楽舎代表の安東です
最近、私の心に去来する
映画のワンシーンがあります
喜劇王チャップリンの代表作
「独裁者」(原題:The Great Dictator)
運命のいたずらで
民族的な迫害を受ける側から
迫害する側のトップになってしまった主人公が
群衆を前に行う最後のスピーチの場面
その中の一節に・・・
In this world there’s room for everyone and the good earth is rich, and can provide for everyone. The way of life can be free and beautiful. But we have lost the way. Greed has poisoned men’s souls, has barricaded the world with hate, has goose-stepped us into misery and bloodshed.
「この世界にはすべての人々が住むに事足りる場所があり、大地は豊かで、すべての人々に分かち合うだけの恵みがある。人生とは自由、そして美しいものなのだ。しかし、私たちはそれを忘れてしまっている。貪欲さは人々の精神を毒し、憎しみで世界を閉鎖し、悲惨さと流血に私たちを向かわせている。」
We have developed speed, but we have shut ourselves in. Machinery that gives abundance has left us in want.
「私たちはスピード(を生み出す仕組みや装置)を生み出した、しかしそのせいで孤立してしまっている。ゆとりをもたらしてくれるはずの機械は私たちに貧困をもたらした。」
Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind. We think too much and feel too little. More than machinery, we need humanity. More than cleverness, we need kindness and gentleness. Without these qualities life will be violent, and all will be lost.
「知識が私たちを皮肉にし、賢さが私たちを冷酷で薄情にしている。私たちは頭で考えすぎるあまり、感じなさすぎるようになっている。機械化よりも、私たちに必要なのは人間性なのだ。賢さよりも、私たちに必要なのは優しさや寛大さなのだ。そのような資質を失えば、生命は暴力に満ちて、取り返しのつかないことになる。」
という言葉があります
(安東の拙訳はご容赦を・・・)
昨今の社会のアレコレを見るにつけ
この言葉は本当に胸に突き刺さります
これは何も
戦争や紛争の当事者のみではなく
世の中が不穏になっていく中
自暴自棄になりかねない私たちにも
錨(いかり)となるべき考え方かと
こちらは私が数年来お世話になっている
建築家・村松篤さん主催の村篤設計塾
その課題設計の添削です
今回の敷地は
実質的な面積が約31坪という
かなりの狭小地
その中にセレナのためのインナーガレージと
楽しい居場所を備えた住まいを
設計しなさいという課題でした
プラン自体はまあまあの評価でしたが
村松先生が口酸っぱく仰っていたのが
町なみへの優しさ
これには心底ドキッとしました・・・
敷地のサイズのこともあり
住まい手のことばかりに気を取られて
周囲への配慮を怠っていました・・・
いくら法律を守っているとはいえ
お家の前を通る人々に
余計な圧迫感を与える建築とは
・・・いかがなものか?
毎回、村松先生の案も示されるのですが
・・・見事すぎて
グウの音も出ませんでした
そんなこんなでこちらは
3月20日から完成見学会を行うお家
自戒の意味も込めて
インスタグラム用の画像には
こんな文言を入れています↓
「お金を払うのは住まい手なんだし
本人が良ければなんでもいいじゃん」
という考え方もあるでしょうし
それが一般的なのでしょう
でもそこを踏ん張って
「このくらいが程よく
優しい感じではないですか?」と
住まい手さんと語らいながら
町なみを彩っていきたい
そんなことを思う金曜の夜です